横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)531号 判決 1967年10月27日
原告 小川名ゆき子 外一名
被告 井上二七子
主文
被告は原告等に対し、各金一〇〇、〇〇〇円宛、およびこれに対する昭和四〇年八月一一日から各支払がすむまで各年六分の割合による金員の支払をせよ。
原告等のその他の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その一を原告等の各負担とする。
この判決は、主文第一項につき、仮に執行することができる。
事実
(原告等請求趣旨、被告答弁趣旨)
一 原告等訴訟代理人は、「被告は原告等に対し、各金五一〇、〇〇〇円宛およびこれらに対する昭和四〇年八月一一日から支払がすむまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決および仮執行の宣言を求めた。
被告訴訟代理人等は、「原告等の請求はこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求めた。
(原告等請求原因)
二(一) 被告は昭和三九年七月頃その父で、不動産取引業を営む叶商事株式会社(以下「叶商事」という。)代表者である井上不二男に対し、被告所有の別紙目録<省略>記載の土地家屋(以下「本件不動産」という。)を他に売却すべき代理権を与え、右不二男がその頃野村稔を被告復代理人に選任した。日之出不動産(非法人)の商号で不動産取引業を営んでいた原告等の父(亡)名取始将(以下「始将」という。)はその頃右被告復代理人野村から、本件不動産を代金三〇、〇〇〇、〇〇〇円以上で売却するにつき買主を斡旋する仲立を委任され、右野村は売買成立の際には規定の報酬を支払う旨約定し、その後始将使用人島村が右不二男に買主を斡旋した際あらためて被告代理人不二男からも同趣旨の委任を受けた。
(二) そこで、始将は使用人島村百雄に本件不動産の買主斡旋に専念させ種々斡旋した結果、株式会社藤沢さいか屋(以下「藤沢さいか屋」という。)が代金三二、〇〇〇、〇〇〇円で本件不動産を買受けることがほぼ決まつたところ、被告代理人不二男は昭和四〇年一月五日頃右島村に対し、裏契約をされたい旨述べたので、藤沢さいか屋としては応じられない旨述べたところ、右不二男はその頃右島村に対し、前叙(一)の仲立の委任を解除する旨意思表示した。始将は買受を切望していた藤沢さいか屋がそれを了承したのに不審を抱いたが、一応これを諒とし取引から退いたところ、被告はその頃藤沢さいか屋と直接交渉し、本件不動産を代金三二、〇〇〇、〇〇〇円で売買する旨の契約が成立した。しかし、被告代理人不二男の右行為は、被告が昭和三九年一一月二〇日叶商事に対し、本件不動産仲立報酬として金七八〇、〇〇〇円を支払つた旨偽装し、または、これを真実支払つたとしても、すでに右昭和四〇年一月五日当時本件不動産売買が成立しているのに成立していないように装つていた点、および、藤沢さいか屋が始将に対する仲立解除後に売買が成立したので報酬料を支払うことはできないと主張していた点、藤沢さいか屋が叶商事に対しては何ら報酬を支払つていない点などからみて、故意に始将の仲立を排除したものである。
(三) したがつて、始将は被告に対し、始将が売買成立まで関与したときと同様、その全額の報酬請求権、すなわち、取引額三二、〇〇〇、〇〇〇円につき、金二、〇〇〇、〇〇〇円までの部分は双方から一〇〇分の五宛、金二、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分は双方から一〇〇分の四宛、金四、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分は双方から一〇〇分の三宛(神奈川県宅地建物取引業仲介手数料基準)の割合で計算した合計額金一、〇二〇、〇〇〇円の請求権を取得した。
三 右一の主張が認められず、始将が被告から本件不動産の買主を斡旋する仲立を委任されなかつたとしても、始将は、被告より仲立委任を受けている叶商事から、いわゆる流し物件として仲立の協力を依頼され、成立の際は相当額の報酬を支払う旨約定し、被告からは右共同仲立を排除すべき格別の意思表示もなく、叶商事と積極的に協力して仲介した結果前叙のように売買が成立したから、始将は叶商事と共同して被告に対し、前叙基準で算定した報酬金一、〇二〇、〇〇〇円の請求権を取得した。
四 始将は昭和四〇年一一月四日死亡し、原告小川名ゆき子がその長女、原告小川名哲士がその養子として、前叙報酬債権を各二分の一宛相続した。よつて、原告等は被告に対し、右相続した報酬債権各金五一〇、〇〇〇円宛、および、これらに対する支払催告の翌日(履行遅滞後)である昭和四〇年八月一一日から支払がすむまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の答弁、予備的抗弁)
五 原告等請求原因事実はすべてこれを争う。すなわち、
(一) 被告は原告に本件不動産売却の仲立を委任したことはない。被告は昭和三八年一〇月頃不動産取引業を営む株式会社栄家興業(以下「栄家興業」という。)に対し、本件不動産の売却の仲立を委任したが、栄家興業は昭和三九年六月頃破産状態となり、不動産取引業を目的とする叶商事が設立されたので、引続き叶商事にその仲立を委任した。その間栄家興業、叶商事は数回にわたり神奈川新聞に「売邸三五〇〇万円」の広告を掲載するとともに、横浜、東京地区の不動産取引業者三〇数社に青写真を作成して仲立の協力を委任し、いわゆる「流し物件」とした。
(二) 被告が仲立を委任した叶商事取締役野村稔の紹介で昭和三九年一〇月一八日頃藤沢さいか屋の係員常盤堅、小蜂直義と島村百雄が被告方を訪れたので、図面を交付した。その後、同年一一月一七日叶商事の仲介によつて、被告が藤沢さいか屋に対し本件不動産を代金三五、〇〇〇、〇〇〇円で売却する旨の契約が成立し、被告はその頃叶商事に対し、所定の仲立報酬金七八〇、〇〇〇円(但し、第一回取引額二四、〇〇〇、〇〇〇円につき計算)を支払つた。
したがつて、被告は原告等に対し、何ら報酬金を支払う義務がなく、原告等の本訴請求は失当である。
(三) 始将が叶商事と共同して仲立をしたものとしても、被告は昭和三九年一一月二〇日叶商事に対し、本件不動産の仲立報酬として、本件不動産売買代金二四、〇〇〇、〇〇〇円に対する規定報酬金七八〇、〇〇〇円を支払ずみである。
(被告予備的抗弁に対する原告再答弁)
六 被告の弁済の主張事実を否認する。すなわち、
(一) 父不二男が代表者である叶商事に対し、被告がその代金収入のうちから、わざわざ正規の報酬金七八〇、〇〇〇円を支払うなどということは常識上考えられないことである。そして、もし、真実被告が叶商事に報酬を支払つたものであれば、前叙のようにその後に島村百雄を西浜ホテルに呼んで、まだ売買が成立していないような偽装工作を行う必要がなく、また、その会談の際一言も叶商事に仲立報酬を支払つたことにふれておらず、本件訴訟提起後の昭和四一年九月一日にいたり初めてその領収証(乙第二号証)を提出したことは、被告がその支払をしていないことを裏づけるものである。
(二) 被告がその主張のように報酬を支払つたとしても、本件不動産の代金額は金三二、〇〇〇、〇〇〇円以上であるから規定報酬額は金一、〇二〇、〇〇〇円を超え、残金の支払義務を免れない。本件不動産の売買は、形式上では昭和三九年一一月一七日本件不動産中の建物の売買、および、その敷地についての地上権設定契約をし、さらに、昭和四一年二月一八日本件土地を売買したようになつているが、それは、被告が裏契約の条件を出した事情等から考えても税金支払の軽減を図る目的で行われた形式にすぎず、本件不動産の売買代金額は最初から金三五、〇〇〇、〇〇〇円と定められ、そのすべてについて仲立したものである。
(証拠)<省略>
理由
一 「名取始将が昭和三九年七月頃被告代理人井上不二男、同復代理人野村稔から、本件不動産の売却につき直接仲立の委任を受けた。」旨の原告主張はこれを認めることのできる証拠がないばかりでなく、各成立が争いのない甲第三号証の一から六、甲第七号証、乙第三号証の一、二、乙第四号証、証人島村百雄(但し、一部認定に反する部分を除く。)、同野村稔、同井上不二男の各証言、被告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。
被告は昭和三八年六月頃不動産取引業を営む栄家興業に対し、本件不動産の売却仲立を委任し、栄家興業が神奈川新聞等に広告を出し、そこに勤めていた野村稔も、他の不動産取引業者に仲立の協力を委任し、被告井上不二男は家屋調査士として栄家興業に勤務していたが、栄家興業は昭和三九年四月頃破産状態となつた。そこで、右不二男が中心となつて同年五月一二日不動産取引業を営む叶商事を設立し、右野村も叶商事の社員となり、叶商事がその頃栄家興業から右本件不動産の仲立業務を引継ぐこととなり、あらためて被告から仲立委任を受け、同年九月九日付神奈川新聞に本件不動産を代金三五、〇〇〇、〇〇〇円で売却する旨広告し、不動産取引業者間の事実たる慣習に従つて、右野村等叶商事の社員が他の不動産取引業者に対し、その協力を求め共同で仲立することを委任した。右野村は同年九月頃日之出不動産(非法人)の商号で不動産取引業を営んでいた始将に対しても、他の不動産取引業者に委任したと同様の方法で、叶商事と協力し共同で本件不動産売却の仲立することを委任し、成立の際には相当額の報酬の支払を約し、始将はこれを承諾し使用人島村百雄を専従させた。
右認定に反し原告等主張に沿い「始将はまず被告の代理人としての野村から、次いで同不二男から、本件不動産売却の仲立を直接委任された。」旨述べる証人島村百雄の証言の一部、および、原告哲士法定代理人尋問の結果についてみるのに、野村が被告から本件不動産売却の代理権を授与されたこと、または、不二男からその復代理人に選任されたことが認められる証拠はないので、「右野村が被告代理人である。」との部分はにわかに信用し難い。また、不二男が父であること(この点は前叙認定のとおり。)から被告が本件不動産の売却につき代理権を与えていたことまでは推認できるとしても、不動産取引業を営み自ら仲立できる地位にある不二男が、さらに、不動産取引業を営む始将に対し、自ら代表する叶商事の仲立をせず、それに代つて始将が本件不動産売却仲立をすべきことを委任するのは、特段の事情も認められない本件では、到底合理的に説明できるものではないから、前叙島村百雄の証言の一部、原告哲士法定代理人尋問の結果中、「始将が被告代理人不二男から直接仲立委任を受けた。」旨述べる部分も信用できない。他に前叙認定を左右する証拠はない。
前叙認定事実によると、始将は叶商事から被告所有の本件不動産売却につき共同仲立の委任を受けたものであり、被告から直接に仲立委任を受けたものではないというほかはない。したがって、始将が被告から直接本件不動産売却の仲立委任を受けたことを前提とする原告の第一次的請求原因は、その他の点につき判断するまでもなく失当に帰する。
二 叶商事との共同仲立による報酬請求の予備的請求原因について判断する。
(一) 始将が昭和三九年九月頃叶商事から、被告所有の本件不動産売却につき共同仲立の委任を受けたことは前叙のとおりである。
(二) 前叙一冒頭記載の各証拠、および、成立に争いのない甲第五号証、証人井上不二男の証言から成立が認められる乙第一号証を総合すると、つぎの事実が認められる。
(1) 始将は藤沢さいか屋から荷捌き場と寮にするような土地建物の買受仲立を委任され、使用人島村に、叶商事から仲立委任を受けていた本件不動産を斡旋させることとし、始将使用人島村が藤沢さいか屋の常盤堅、小峰直義を案内して不二男方にいたり、叶商事代表者不二男に対し、買主の藤沢さいか屋を斡旋し、代金は最初は金三〇、〇〇〇、〇〇〇円で買受けたいとの買主藤沢さいか屋の意思であつたが、右島村も数回にわたり双方に条件を斡旋した結果同年一〇月中旬頃までには、藤沢さいか屋が被告から本件不動産を代金三二、〇〇〇、〇〇〇円で買受けるべき旨ほぼ合意が成立し、売買契約書を作成する手続を残すだけとなつた。
(2) 右島村、常盤、小峰等は昭和三九年一〇月二五日頃右不二男と、江の島西浜ホテルに会合し、最終的な話合いをしたところ、不二男は代金を増額して欲しいこと、租税賦課軽減のため裏契約をして欲しいことを述べ、島村が「天下のさいか屋ともあろうものが裏契約をする筈がない。」と強くこれを拒否し、結局、当日は合意に達しなかつた。しかし、藤沢さいか屋の真意は裏契約も考慮しており是非買受けたかつたので、その頃叶商事に対し、「意見の合わない始将使用人島村を仲立させないで叶商事のいう条件で買受けたい。」旨申入れた。叶商事もまた売買を成立させたかつたため、右藤沢さいか屋の申入を秘して、その頃始将に対し、代金三五、〇〇〇、〇〇〇円でなければ売却できないことを表面上の理由に、前叙共同仲立の委任を解除した。そこで始将はその頃藤沢さいか屋にその旨伝えたところ、藤沢さいか屋もまた始将に対し買受仲立の委任を解除したので、始将は本件不動産の売買から退いた。(なお、藤沢さいか屋は昭和四一年五月二五日に始将に対し、右仲立報酬金三〇〇、〇〇〇円を支払つた。)
(3) 叶商事はその後藤沢さいか屋と直接交渉し、同年一一月一七日本件不動産を代金総額三五、〇〇〇、〇〇〇円で売買することに合意したが、租税負担軽減のため一度に売買した形式を避け、同日本件不動産中の建物を売買し、土地については地上権を設定し一年後に売買する旨予約し、その代金を金二四、〇〇〇、〇〇〇円と定め、その頃右代金の授受を了し、昭和四一年一月二五日頃本件土地を代金一一、〇〇〇、〇〇〇円で売買する旨本契約し、その頃右代金の授受を了した。
右認定(2) に反し「島村、叶商事、藤沢さいか屋の三者が西浜ホテルで会合した時期は昭和四〇年一月五日頃である。」旨の原告主張に沿う原告哲士法定代理人尋問の結果はその裏づけに乏しくにわかに信用できない。他に前叙認定を左右する証拠はない。
(三) 前叙一認定のように、仲立を委任された不動産取引業者が他の不動産業者にその協力を依頼し共同で仲立することを委任すること(いわゆる「流し物件」)は、不動産取引業者間の事実たる慣習となつている(但し、委任者がこれに従わない明示の意思表示をすれば格別。)。この場合、委任者は受任者に対し、受任者が主体となりこれに共同して仲立事務を処理すべき者も選任し、これに補助の範囲で復委任する意思を有するものと推定すべきであるから、受任者から共同仲立の委任を受けた他の取引業者は、委任者に対し受任者と共同でその報酬請求権を行使できる。と解される。そして、不動産売主の受任者が共同仲立を委任した後、その共同仲立受任者が買主の委任を受け、その買主のためにも共同仲立受任の不動産を斡旋し、その成立間近になつて、右共同仲立の委任および買主からの仲立委任がそれぞれ共同仲立人を排除する意図で、解除された後、右受任者と買主の直接交渉で売買が成立した場合、その共同仲立人は、買主に対しては勿論、売主に対しても、売主の受任者が有する報酬請求権を共同行使できる。しかし、共同仲立人が売主に対して取得する報酬請求権の範囲は、前叙共同仲立の補助的性格からみて受任者(共同仲立委任者)が売主に対して有する報酬額中受任者の取得すべき額よりは少額であり、その額は、民法第六四一条、第六四八条第三項、商法第五五〇条第一項の趣旨を類推して、共同仲立人が解除によつて蒙つた損害相当額、売主が解除までに受けた利益のうち売買成立に寄与したもの等によるべきであり、共同仲立人が委任解除につきその責に帰すべき点があれば過失相殺に準じて減額事由となる。と解される。
本件において、前叙(一)の事実、(二)の認定事実によると、被告は叶商事に本件不動産の売却仲立を委任し、叶商事が始将に共同仲立を委任し、その後藤沢さいか屋が始将にその買受仲立を委任し、始将の使用人島村が専従して仲立した結果、被告が藤沢さいか屋に売却する契約が殆んど成立した段階で、叶商事代表者不二男が裏契約の条件を出し、島村がこれを拒否したこともあり、藤沢さいか屋が始将を排除して売買を成立させようと考えてその旨叶商事に述べ、叶商事はこれを秘して始将に対する仲立委任を解除し、次いで、藤沢さいか屋も始将に対し買受仲立委任を解除して、始将に取引から退かせた後、叶商事と藤沢さいか屋が直接交渉し、両者間に本件不動産を代金三五、〇〇〇、〇〇〇円で売買する旨の契約が成立したものである。したがつて、前叙説示により、始将は被告に対し、その報酬請求権を叶商事と共同で行使することができる。その報酬額についてみるのに、始将使用人島村は数回にわたり双方に斡旋し、その旅費日当を要したことが推測されるし、その精神的労作も被告からは未だその評価を得られず、他方、被告にとつてみれば、島村のした斡旋がその基本となり、裏契約など多少の修正はあつたけれども、結局売買成立の機縁をつくつたものであるから、これらの事情と、島村が最後の会合の際買主藤沢さいか屋の真意に反して、裏契約をすることを拒否したことが、藤沢さいか屋の買受仲立委任解除の一つの原因をつくり、ひいては叶商事が共同仲立委任を解除した一因となつたので、これを減額事由として考慮すると、叶商事が被告に対し取得した仲立報酬金一、一一〇、〇〇〇円(取引額三五、〇〇〇、〇〇〇円につき金二、〇〇〇、〇〇〇円まで一〇〇分の五、それを超え金四、〇〇〇、〇〇〇円まで一〇〇分の四、それを超える額につき一〇〇分の三の割合の、当裁判所に顕著な神奈川県宅地建物取引業仲介手数料基準により算出した額)のうち、金二〇〇、〇〇〇円が始将の取得した報酬額であるとするのが相当である。
(四) 仲立報酬支払ずみの被告抗弁事実について判断する。前出乙第一号証、証人井上不二男の証言から各成立が認められる乙第二号証、乙第五号証の一、二、乙第六号証の一から三、乙第七号証の一から四、および、証人井上不二男、同野村稔の各証言、被告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められる。
被告は昭和三九年一一月二〇日叶商事に対し、本件不動産売却の仲立報酬として、金七八〇、〇〇〇円(取引額金二四、〇〇〇、〇〇〇円に対する前叙報酬基準により算出した額)を支払い、さらに、被告はその頃野村に対し、叶商事が始将に共同仲立を委任した報酬を含めて金二五〇、〇〇〇円を交付したが、当時野村は叶商事を退職する頃であつたため、右の内金五〇、〇〇〇円を野村個人の報酬として受領し残金を被告に返した。
右認定を左右する証拠はない。原告等は、「島村と叶商事、藤沢さいか屋との最終会合のあつた昭和四〇年一月五日にはまだ被告から叶商事に対する報酬が支払われていないので島村に取引から退かせる偽装工作をしたものであり、その席上一言も右報酬支払を受けたことを述べなかつた。そして、本件訴訟提起後の昭和四一年九月一日初めてその領収書を提出したことは、被告がその支払をしていないことを裏づけるものである。」旨抗争するが、その前段はその会合の日時が昭和三九年一〇月二五日頃であることは前叙(二)(2) 認定のとおりであるから失当で後段もその根拠に乏しい主張であるというほかない。
右認定事実によると、被告は叶商事に対し、本件不動産売却仲立報酬として金七八〇、〇〇〇円を支払つたものであり、その範囲で報酬債権は消滅しているけれども、被告は叶商事に対し、金一、一一〇、〇〇〇円の報酬支払義務を負うこと前叙のとおりである。なお、付言すれば、昭和三九年一一月一七日本件不動産を代金三五、〇〇〇、〇〇〇円で売買する契約がその基本であり、同日建物の所有権、土地の地上権を代金二四、〇〇〇、〇〇〇円、次いで、昭和四一年一月一五日頃土地を代金一一、〇〇〇、〇〇〇円で売買する契約をしたのは、その実行方法にすぎず、両者合せて一つの売買契約であるにすぎないから、その仲立報酬算出の基準となる取引額は金三五、〇〇〇、〇〇〇円であるというほかはない。それ故、被告は叶商事に対し、右報酬残金三三〇、〇〇〇円の支払義務を負つているものであり、前叙説示のとおり、被告は始将に対し前叙報酬内金二〇〇、〇〇〇円の支払義務を負い、この部分については未だ弁済が済んでいないものというべきである。
(五) 各成立が争いのない甲第一号証の一、二、原告哲士法定代理人尋問の結果を総合すると、始将が昭和四〇年一一月四日死亡し、原告ゆき子が長女、原告哲士が養子として各二分の一宛始将の遺産を相続したことが認められる。したがって、原告等は前叙始将の被告に対する報酬債権を各金一〇〇、〇〇〇円宛相続したものである。
三 以上のとおりであるから、被告は各原告に対し、前叙報酬金として、各金一〇〇、〇〇〇円宛、および、これに対する支払催告の翌日である昭和四〇年八月一一日(この点については、各成立が争いのない甲第四号証の一、二から認められる。なお催告時には前叙のように、土地売買契約は形式的には未だ成立していないが、その売買はすでに実質上昭和三九年一一月一七日に成立しているから、催告時には本件不動産全部の取引額を基準とした報酬の請求ができる。)から支払がすむまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。原告本訴請求は右の範囲で正当として認容し、その他の請求部分は失当として棄却を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第八九条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高木積夫)